星月夜 - フィンセント・ファン・ゴッホ
ゴッホが自ら命を絶つ1年前、かの有名な耳切り事件後入院中に描いたとされる『星月夜』。精神を患って療養中の病院の窓から見える夜空を、芸術家の目はこのように捉えていたのかと、見るものを圧倒する力が宿る。
リアルな風景を描写した風景画ではなく、抽象画であると評されることもあるように、実際の病室からの景色にはこのような街並みがあるわけではなかったらしい。
目に見える風景、故郷の風景、そしてゴッホの抱える苦悩や心情、それらが全てが絡み合ってキャンバスに吐き出された芸術作品だからこそ、多くの人を魅了するんだろう。
二つの主役、糸杉と月。この2つが画面の中で釣り合うようにバランスをとり、鑑賞者に訴えかけてくる。
禍々しいまでに黒々とし、まるで炎のようにうねる糸杉は、「死」や宗教的な救済の意味が込められているなど多くのものを暗示しているとも言われている。
糸杉に負けじ力強くとうねる夜空。絵の具を水で溶かさずそのままチューブから出して描いたような大胆な筆致。その圧倒的表現力に目を奪われがちだが、全体の配色も構成も計算され尽くしていることも見逃せない。
まず糸杉に目を奪われ、上へと視線を誘導し、そのまま夜空の波に乗り月へとたどり着く。そこから山々の稜線に導かれ街並みを経て、また糸杉へと戻ってくる。その糸杉は近景、中景、遠影を貫き画面を安定させる働きもしている。
ふと、幼少の頃住んでいた田舎の2階の部屋から見える大木をいろんな姿に重ねていたことを思い出した。風に揺れるその様は、大きな恐竜や怪獣のように見え、訳もなくずっと眺めていた。ゴッホのように感受性があり、強烈な体験を経た後に見る窓からの風景は、一体どのように目に写っていたのだろうか。その答えが『星月夜』なんだろう。
モニター越しではなく、一度は生の作品を目にしたいものである。
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