20250414

眠るジプシー女 - アンリ・ルソー

砂漠に降り注ぐ月の光は、時に静けさよりも深い詩情を生む。ルソーの《眠るジプシー女》に描かれたのは、そんな月光夜にそっと横たわるひとりの女性と、彼女のそばに佇む一頭のライオン。そこには、言葉にならない気配が満ちている。

ジプシーの女は、旅の途中。マンドリンと水瓶を傍らに、疲れた身体を砂漠に預け、深い眠りに落ちている。彼女の身を包むのは、異国情緒漂う東洋風の衣装。どこから来て、どこへ向かうのか。それは描かれていないし、描かれる必要もない。ただ、この場面だけが、静かに永遠となった。

そばにいるのは、ライオン。野生の象徴、脅威の存在でありながら、この絵の中では何の暴力性もない。まるで、彼女の眠りを見守るように、ただ香りに誘われてそっと近づいてきたかのようだ。その眼差しは、狩りの前のそれではない。むしろ、共に夢を見る者のようにさえ見える。

背景には、乾ききった大地と、何もない地平線。なのに、画面から伝わってくるのは静寂ではなく、物語だ。彼女の眠りの中には、過去も未来も、すべてが折り重なっているように見える。

この絵の何がこんなに人を惹きつけるのか。

ひとつには、それが「社会的な関係性」からまったく自由な光景だからではないか、と思ったりする。

彼女の隣にいるライオンは、捕食者でありながら、何かを守っているようにも見える。彼らは肩書きでも属性でもなく、「ただ、そこにいる」。そういう関係性が、私たちの現実の中には、どれくらいあるだろうか。

ルソーの頭の中には、砂漠も、ジャングルも、異国のリズムもあった。まるで、夢こそが彼の現実だったかのように。「想像力でしか行けない場所がある」と言うのなら、ルソーはそれをまっすぐに信じていたのだと思う。

Text by master

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