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20220902
鴨川等間隔 - 岡崎体育
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思春期、反抗期、青春、モラトリアム――。
心と体が大人へと移ろう、人生でもっとも多感な時期。あらゆるものに敏感だからこそ、幾度となく歌の題材になってきた。
けれど、それらとは少し違う時間がある。思春期と成人のあいだに横たわる、どの言葉にもぴたりと当てはまらない宙吊りの期間。その心情をこれ以上なく掬い上げたのが、岡崎体育の『鴨川等間隔』だ。
周囲が次々と羽化し、成虫となって羽ばたいていくなか、自分だけが蛹のまま取り残されている感覚。個人的な記憶を辿れば、この時期こそがいちばん繊細で、いちばん痛みを抱えていたように思う。この曲に心を打たれたという声に出会うたび、同じ感情を抱えていた人がこんなにもいるのだと知り、ほんの少しだけ救われる。
就職か、進学か、資格取得か、それとも"自分探し"の継続か。無数の選択肢を自分の意志で選び取らなければならない。似たような日々を過ごしていた友人たちは次第に離れていき、ただ一人残った同志・塩田の存在さえ、皮肉にも孤独を際立たせる。
「鴨川等間隔 橋の上 見下ろしながら見下される」
鴨川の等間隔は、そこに並んでいる当事者には見えない。橋の上から俯瞰して、はじめて気づく構図だ。
多くの恋愛ソングが"当事者"の心情を歌うなかで、岡崎体育は主役になりきれず、物語の端へと追いやられた脇役たちの感情をすくい上げる。
砂利に足を取られ、腕を絡めようとするあざとさは受け入れられなくても、風に揺れる髪をそっと耳にかける自然な仕草には心が動く。その微妙な線引きを、彼は誠実に描き出す。
幹から腐っていたわけではない。だからこそ、この歌はこれほど多くの人の共感を呼ぶのだろう。
鴨川沿いに等間隔に並ぶ人たちを見て、うまく消化しきれなかった複雑な感情を、僕らの目の前に見事に提示してくれる天才。目の前にある情報にみな平等に触れているのに、限られた感性を持った人間だけがそれを検知し、形にして凡人に提示してくれる。それが岡崎体育なんだ。









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