凍える寒さに加えて小雨も降ってきた。風邪で涙目である。鼻水も止まらない。
奈良県大淀町、夕闇せまるころ、
留まるべきだった道の駅をスルーするという、ちょっとした判断のミスから、
僕は「本日の宿さがし」に苦戦していた。
道の駅からだいぶ走り続けて、
暗くなってからたどり着いた小さな町営の入浴施設で、
頼んで軒下にテントを張らしてもらおうと、
事務室に向かい、お願いしてみる。
応対してくれた大淀町の岸谷五郎さんは、優しく訴えを聞いてくれ、
僕は内心、「何とかなりそう」の気配を感じていた。
見回りにくるという警備会社にも電話連絡してくれそうである。
しかし
「んー、構へんのやけど…」
と、いささか歯切れが悪い。
というのも、事務室にはもう一人職員がいて、
後ろでやり取りを聞いている、上役らしい彼女に最終判断を任せているらしいのである。
五郎さんと僕の視線が、大淀町の奈美悦子さんの口元に集中した。
「あそこに道の駅もあるし」
悦子さんは正しい。くれぐれも、悦子は正しい。
でも、寒いんです…。道の駅、だいぶ遠いです…。
彼女の氷の一言に世の中の厳しさを知り、
次をさがすことにした。
…
道を聞いた大淀町の夏八木勲さんの推薦は、
「地域の公民館」だった。
「あそこは誰か死んだときの通夜や葬式ぐらいでしか使ってないしね。屋根もあるし。」
公民館の類にテントを張ったことはないが、
「公民館」の文字を想起すると、
それは「みんなの建物」という意味である。
みんなのものはオレのものでもある!
たぶん間違った解釈で自分を勇気付けて、
行ってみると、野宿ポイントとしてなかなか好条件である。
よし、今夜はここをお借りしよう。
安堵してチキンカツを食べていたら
どこからともなく樹木希林さんがやってきて、こう言った。
「今日ここ使うよ。一昼夜使うよ。」
誰か死んだらしい。
…
公民館をあとにして、次に進みながら、
寒くなる一方のツライ状況で、
涙目の僕は逆に笑けてきた。
旅が長くなり、こういう失策をあまりしなくなってきた僕にとって、
この手の試練は久しぶりで、
なんか楽しくなってきたのである。
そして、やがて流れ着いた思いがけない場所で、
「本日の宿さがし」は決着した。
暗くて最初よく分からなかったのだが、
そこは「墓地の東屋」だった。
誰も来ない、来るわけがない、暗闇と静寂の夜。
案外いい夜だ。